「ゲージツ家のクマさん」として親しまれた美術家・篠原勝之さんが、肺炎のため84歳で逝去されました。
長年親交のあったタレントの山田邦子さんが、その人柄や思い出を語り、深い哀悼の意を表しています。
🍶 豪快な見た目×繊細な心…ギャップが魅力の“クマさん”
大柄で迫力のある風貌から“クマさん”の愛称で親しまれた篠原さん。
しかし実際は、とてもナイーブで丁寧、そして優しい人物だったといいます。
山田さんは、新宿のジャズバーで
タモリさんや山下洋輔さんと共に、よく飲み明かした日々を回想🍷
👉 ケンカの仲裁に入ることも多く、まるで“用心棒”のような存在
👉 山田さんがトラブルに巻き込まれた際、助けてくれたことも💪
🧣 スカーフと優しさ…温かい交流エピソード
篠原さんは「首に巻くものが欲しい」と山田さんに頼み、
カラフルなスカーフをプレゼントされたそうです🌈
テレビ出演の際には、それらを身につけていたという心温まるエピソードも✨
また、スキンヘッドにしていた理由は
👉 「耳が不自由で、髪があると聞こえにくくなるから」というもの。
見た目のインパクトとは裏腹に、実用性と繊細さを兼ね備えた生き方が印象的です。
🐔 貧しさの中でもユーモアを忘れない人生
北海道での幼少期は貧しく、病気にも苦しんだ篠原さん。
それでも過去の辛い体験を笑い話に変えて語る人でした。
特に印象的なのは――
👉 飼っていたニワトリ「ロク」が、ある日おかずになっていた話
👉 「俺はロクを食べちゃったんだよ…」と涙ぐむ姿😢
その人間味あふれる一面に、多くの人が惹かれていました。
🔥 鉄くずから芸術へ…唯一無二の創作スタイル
最初は道に落ちている鉄くずを拾うところから始まった創作活動。
そこからダイナミックな鉄のオブジェを生み出すまでに進化しました⚙️
舞台演出家の唐十郎さんのポスター制作なども手がけ、
繊細な線画やガラス細工など、多彩な表現力を発揮🎨
🏭 全国を巡る“ゲージツ家”の生き方
作品制作のため、地方に数か月滞在するのは当たり前。
山梨には溶鉱炉付きの工場を構え、生活と制作を一体化させていました🔥
山田さんはその場所に檜風呂をプレゼントし、訪れたこともあるそうです🛁
👉 気づけばまたどこかで創作に没頭
👉 ふらりと新宿のバーに現れる自由な生き方
まさに“ゲージツ家”そのものの人生でした。
🌙 「またバーに現れてほしい」…惜別の想い
山田さんは最後にこう語ります。
「また新宿のバーに現れてほしい…本当に残念です」
豪快で優しく、そして誰よりも芸術に真摯だった“クマさん”。
その存在は、多くの人の記憶の中でこれからも生き続けます。
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