1970年代の若者層に大きな影響を与え戦後漫画の金字塔となった「あしたのジョー」をはじめ、「おれは鉄兵」「のたり松太郎」などの人気作品で知られる漫画家のちばてつや(本名千葉徹弥〈ちば・てつや〉)さんが22日、骨髄異形成症候群のため、死去した。87歳だった。葬儀は家族葬で営んだ。喪主は妻幸子さん。
東京出身。41年に一家で旧満州(現在の中国東北部)に移り、現地で終戦を迎える。
46年に日本に引き揚げ、高校在学中の56年に漫画家としてデビューした。
少女雑誌を中心に活動していたが、61年に野球漫画「ちかいの魔球」(原作・福本和也
さん)で少年誌に進出。戦記物「紫電改のタカ」、学園物「ハリスの旋風(かぜ)」など
を次々にヒットさせた。
67~73年に原作の高森朝雄(梶原一騎)さんと組んで連載したボクシング漫画「あし
たのジョー」は、闘いに命を燃やす主人公・矢吹丈の熱い生き様を描き、学生運動が盛ん
だった当時の状況も相まって社会現象に。丈のライバルである力石徹の死は大きな反響
を呼び、劇作家の寺山修司さんらによって「葬儀」が営まれた。また、70年に日航機
「よど号」を乗っ取る事件を起こした赤軍派のメンバーが、「我々は明日のジョーである」
との声明を残したことも大きな話題となった。テレビアニメや映画が制作され、新国劇に
よって舞台化もされた。
「おれは鉄兵」で剣道、「のたり松太郎」で相撲、「あした天気になあれ」でゴルフを題
材にし、はつらつとしたスポーツ物を得意とした。
戦後の過酷な引き揚げ体験を漫画や自伝でたびたび取り上げ、講演もした。平和と自
由を守りたいという思いから、「共謀罪」に反対する日本ペンクラブの集会で発言するな
ど、表現規制への反対の声を上げた。
60代に入り病気で創作活動を控えめにしていたが、2015年にエッセー漫画「ひねもす
のたり日記」の連載をスタート。21年に短編集が刊行されるなど、活動を継続していた。
18年、手塚治虫文化賞特別賞を受賞。02年に紫綬褒章、12年に旭日小綬章、14年に文
化功労者。22年には日本芸術院会員、24年には文化勲章に、それぞれ漫画家として初め
て選ばれた。
05年から宇都宮市の文星芸術大学で漫画を教え、19~22年に学長を務めた。日本漫画
家協会理事長や会長も歴任した。
次弟の故・ちばあきおさんは「キャプテン」「プレイボール」を代表作に持つ漫画家で、末弟の故・七三太朗さ
んも「風光る」「Dreams」で知られる漫画原作者。
(朝日新聞より引用)