嵐山光三郎2025年11月14日、肺炎のため東京都内の自宅で逝去。83歳。訃報は11月28日に公表された。
📖 嵐山光三郎(あらしやま こうざぶろう)
🗓 生年月日:1942年1月10日 🕊 没年月日:2025年11月14日(享年83歳) 🧑💼 本名:祐乗坊 英昭(ゆうじょうぼう ひであき) 🏡 出身地:東京都北多摩郡国立町(現・国立市) 🏞 出生地:静岡県浜松市 🎓 学歴:國學院大學文学部国文科(中世文学専攻) 📚 職業:編集者・作家・エッセイスト 🕰 活動期間:1965年〜2025年 👨👦 父:祐乗坊宣明(元・朝日新聞社→多摩美術大学教授) 👨🌾 弟:祐乗坊進(造園コンサルタント・多摩美術大学講師)
🌱 来歴とキャリア
👶 静岡県浜松市で誕生し、1950年から東京都国立市で育つ。
🏫 国立学園小学校卒業。同級生には登誠一郎(後の軍縮大使)や宮本貢(朝日新聞社)がいた。
🎒 桐朋中・高を経て、1965年に國學院大學を卒業。高校の後輩に舞踏家・笠井叡がいて、大学時代には金粉ショーのバイトも経験!
📺 民放テレビ局の内定を辞退し、1965年に平凡社へ入社。当時の編集部は個性派ぞろいで、奇人・変人・怪人の宝庫だったとか…!
✨ 編集者としての活躍
『別冊太陽』『太陽』の編集長を歴任。年賀状特集が大ヒット🎍
作家・檀一雄や澁澤龍彦と親交を深め、深沢七郎を「師匠」と仰ぐ。
多くの文化人と交流:唐十郎、糸井重里、篠山紀信、南伸坊など🌟
1976年、安西水丸と共作した絵本『ピッキーとポッキー』が大ヒット📘(累計70万部!)
📰 独立とメディア出演
1981年、平凡社の経営危機を機に独立し「青人社」を設立。
翌年『DoLiVe 月刊ドリブ』を創刊。
雑誌『宝島』での連載「チューサン階級の友」で人気に📈
独特な文体(「…なのでR」など)で“昭和軽薄体”の旗手に。
『今夜は最高!』『笑っていいとも!増刊号』にも出演📺
🏛 晩年の活動と最期
2010年、国立市教育委員に就任。
2012年、日本文藝家協会理事に。
2020年からは『日本経済新聞』夕刊にエッセイ連載🖋
2025年11月14日、肺炎のため東京都内の自宅で逝去。83歳。訃報は11月28日に公表された。
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