元宝塚歌劇団星組トップスターで、女優として長年活躍した寿美花代(すみ・はなよ、
本名・髙嶋節子)さんが、8月3日に老衰のため亡くなりました。94歳でした。
息子で俳優の髙嶋政宏さんと髙嶋政伸さんは、所属事務所を通じて母への追悼コメント
を発表。女優として、そして母として輝き続けた寿美さんへの深い愛情と感謝をつづっ
ています。
🌹髙嶋政宏さん「最期の最期まで大女優だった」
髙嶋政宏さんは、寿美さんがここ数年、誤嚥性肺炎によって入退院を繰り返していたこと
を明かしました。
亡くなる数日前に面会した際には、食べ物や飲み物をのみ込む「嚥下」が難しくなり、
苦しそうな様子を見せることもあったといいます。
最期には立ち会えなかったものの、現在は悲しみと同時に、「苦しみから解放され、
ゆっくり休んでいるのではないか」という安堵の気持ちも抱いているそうです。
入院中も、病院の職員が驚くほど大きな声で話すことがあり、舞台で鍛えられた女優
の力強さは、晩年まで変わらなかったといいます。
政宏さんは母について、
「最期の最期まで大女優・寿美花代だった」
との思いを語りました。
病床にあっても、宝塚のトップスターとして培った存在感を失わなかった寿美さん。
その姿は、息子の目にも誇り高く映っていたのでしょう。
🕊️髙嶋政伸さん「美しく凛とした表情のまま旅立った」
髙嶋政伸さんによると、寿美さんは8月3日の午前4時43分、子どもや孫たちに見守られ
ながら静かに息を引き取りました。
最期の時間には、寿美さんと夫の高島忠夫さんが好きだった歌手、フリオ・イグレシア
スの歌が流れていたそうです🎵
寿美さんは、最期まで美しく凛とした表情を保ち、眠るように旅立ったといいます。
政伸さんは母を、いつもユーモアを忘れない、明るく優しい人だったと振り返り、これま
で応援してきたファンや関係者に心から感謝を伝えました。
⭐元宝塚歌劇団星組トップスターとして活躍
寿美花代さんは、元宝塚歌劇団星組のトップスターとして活躍しました。
華やかな舞台姿と確かな演技力で人気を集め、戦後復興期の日本の芸能界を支えたス
ターの一人です。
宝塚退団後も女優やタレントとして幅広く活動し、テレビ番組や舞台などで親しまれました。
女優としての華やかさだけでなく、明るく上品で親しみやすい人柄も、多くの人から愛
された理由でしょう✨
👨👩👦👦“高島ファミリー”を支え続けた母
寿美さんの夫は、2019年6月に88歳で亡くなった俳優の高島忠夫さんです。
夫妻は芸能界を代表する仲良し夫婦として知られ、息子の政宏さん、政伸さんを含
めた「高島ファミリー」は、テレビ番組やCMなどで幅広い世代から親しまれました。
家族でファミリーコンサートを開催したこともあり、高島忠夫さんの代名詞だった
「イエーイ!」のポーズを家族4人で披露する姿も、多くの人の記憶に残っています😊
華やかな芸能一家を母として支えながら、自身も女優として輝き続けた寿美さん。そ
の明るい笑顔は、高島ファミリーの象徴でもありました。
📺「徹子の部屋」で語られていた晩年の様子
政伸さんは、7月14日に出演したテレビ朝日系「徹子の部屋」で、寿美さんの近況につ
いて語っていました。
当時、寿美さんは眠っている時間が長くなっていたものの、政伸さんが息子たちを連れ
て会いに行くと、目を開けて喜んでくれたそうです。
孫たちの訪問を喜ぶ姿からも、家族を大切にする優しい母、そして祖母としての一面が
伝わってきます。
💐女優として、母として歩んだ94年
宝塚歌劇団のトップスターとして舞台に立ち、退団後も芸能界で長く活躍した寿美花代さん。
家庭では高島忠夫さんを支え、政宏さんと政伸さんを育てながら、芸能界きっての仲良
し家族を築きました。
息子たちのコメントからは、寿美さんが最期まで誇り高く、明るく、家族思いの女性
だったことが伝わってきます。
「最期の最期まで大女優だった」という政宏さんの言葉は、寿美さんの人生を象徴す
る表現といえるでしょう。
数多くの舞台やテレビ番組で人々を楽しませ、温かな家庭の姿を届けてくれた寿美花
代さん。その功績と笑顔は、これからも多くの人の心に残り続けます。
心よりご冥福をお祈りいたします。🕊️

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